ページの本文へ

  • サービス

脱炭素ビジネスの潮流とロジスティクスへの期待

ローランド・ベルガー 小野塚征志氏が語る、日立物流が取り組む脱炭素ビジネスへの期待

「地球温暖化」というキーワードは、多くの人が知る、一般常識と言ってよいであろう。地球温暖化を防ぐためには、二酸化炭素の排出量を抑制する必要があることも、広く知られている。だが、いざ脱炭素と言われても、それを我が事と考え、自身の携わるビジネスにどのように関係してくるのかを具体的にイメージできる人は少ないのではないか?世界の脱炭素に対する取り組み状況にも詳しい、ローランド・ベルガー 小野塚征志氏に、欧州における脱炭素の潮流や、日立物流の脱炭素に対する取り組みについて、解説と見解を聞いた。


聞き手・執筆:坂田良平

欧州における環境対策の取り組みを、日本はベンチマークとすべき

ローランド・ベルガー 小野塚 征志氏の写真

欧州の人々の環境意識は、日本人に比べてはるかに高いように見える。例えば、15歳で「気候のための学校ストライキ」を開始、環境問題に対する警鐘メッセージを積極的に発し続ける、スウェーデンの環境活動家 グレタ・トゥーンベリ氏は、その象徴的存在と言えよう。

ローランド・ベルガー 小野塚氏:「地球温暖化による海面上昇は、オランダに危機的な状況をもたらします。そういった身近な危機の存在が、欧州の人々の環境意識を高めています。」

オランダ国土の1/4は、海面よりも低い。

地球温暖化は、今世紀末までに海水面を1~3m上昇させる可能性があるが、オランダが排水施設の増強、堤防のかさ上げといった従来の対策で対応が可能なのは、3mまでだと考えられている。もし、それ以上の海水面上昇があった場合には、アムステルダム、ロッテルダムなどの大都市は移転を強いられるであろう。

ロッテルダムは、欧州最大の貿易港でもある。ロッテルダムが都市移転せざるを得ないような海水面の上昇があれば、欧州経済への影響も計り知れない。

「とは言え、欧州においても、環境問題へのアンテナが効いている範囲は、概ねBtoCビジネスの範疇に留まっていると言えるでしょう。」

例えば、消費者が購入した製品の二酸化炭素排出量を、自ら算出できるiOSアプリ「YAYZY Track Carbon Footprint」を提供している、英国のスタートアップ企業 Yayzy(イェイジー)は、複数のベンチャーキャピタルから、90万ポンド(約1億2,600万円)の資金を調達した。欧州では、他にも、CoGo、Doconomyなどが、消費者自ら二酸化炭素排出量を確認できるスマートフォン・アプリケーションを展開している。

こういったアプリケーションの存在を聞くと、日本に暮らす私たちは、つい「欧州の人々の環境意識は日本人よりもはるかに高い」と思いがちだ。

「例えば、個人で洋服を買うとき、『この洋服は、ウイグル産の綿を使っているのだろうか?』と気にする人は、確かにいるでしょう。しかし、『この洋服は、トラックで運ばれたのか、それとも環境により優しい船や鉄道で運ばれたのか?』を気にする人は、欧州にもいません。

欧州の人々の環境意識は、確かに高いです。ただし、日本に暮らす人々の環境意識も、欧州の人々の環境意識と比べて、著しく低いとまでは言えないと考えています。

しかし、企業や国が取り組むべき環境への取り組み状況においては、5年ほど、欧州のほうが先行しています。その意味で、日本に暮らす私たちは、欧州の取り組みを良いベンチマークとして参考にすることができます。」

企業が取り組むべきESG経営 ── そのモチベーション構造を解き明かす

企業の立場からすると、脱炭素は、ESG経営の文脈の中で議論されるものだ。ESGとは、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字を取ったものであり、株主・投資家が企業の長期的な存続を評価するための指標として注目している。これからの企業経営においては、この3つの要素の重要性を認識した上で、環境問題をはじめとする社会課題解決につながる経営が求められている。

企業におけるステークホルダーである、社員、顧客、株主等と、ESG経営へと企業を向かわせるモチベーションの構造を図示したのが以下である。

社員や個人顧客からのESG経営に対する要求は、もちろんないわけではない。しかし、より重視されるのは、国からの規制であり、株主の意向であると、小野塚氏は解説する。

ESG経営を目指す企業のモチベーション構造
ESG経営を目指す企業のモチベーション構造

「企業がESG経営を行う上で、最大のモチベーションとなるのは、やはり株主からの要求です。国などが定めた環境規制をクリアしているか、サステナブルな取り組みを先行的に進めているかは、株価に大きく影響します。

つまり、一般の消費者との接点が薄いBtoBの企業がESG経営に取り組む最大のモチベーションは、社員やお客さまが抱える環境意識ではなく、株主からの要求であり、そして株主の意向のきっかけとなるのは、国が定める脱炭素に対する各種政策・規制ということになります。」

国による規制強化の動きの背景には、国連などの国際的な枠組みからの強い要請がある。そして国が定めた脱炭素規制に従い、メーカー等の荷主から対応を求められる立場にあるのが、物流企業である。

日立物流の脱炭素ソリューション ── 小野塚氏の見解は?

日立物流では、サプライチェーンにおける脱炭素への取り組みを支援するソリューションの開発に取り組んでいる。その取り組みは、以下の記事を御覧いただきたい。

脱炭素と顧客の企業価値向上に"本気で"取り組む

小野塚氏は、日立物流の取り組みに対して、どのような見解を持ったのか?

「まず、他物流企業に先駆けて、日立物流が脱炭素に対し、積極的に取り組もうとしている姿勢は、高く評価されるべきです。」

「あえて指摘をすれば、今後は、グローバルにおける潮流や基準に沿ったソリューション構築を、さらに意識していくべきでしょう。」

「現在、日立物流は二酸化炭素の把握・可視化方法について、精度の低いものから高いものまで、幅広いレベルのメニューを用意されているようです。しかし、欧州、日本における、現在の規制も、これから登場すると考えられる規制も、そこまで高い精度は求められない可能性があります。今後、ソリューションの進化に大切なのは、脱炭素への取り組みで先行する欧州の基準に準拠していくことだと考えます。」

「いずれにせよ、環境問題は、ビジネスとして考えれば茨の道であったとしても、私たちの未来のためには絶対に目をそらしてはならないものであることを忘れてはなりません。」

めざすべきは、「グリーン・サプライチェーン」

グリーン・ロジスティクスとグリーン・サプライチェーンの関係
グリーン・ロジスティクスとグリーン・サプライチェーンの関係

物流における脱炭素の可視化をするために必要なデータは、物流KPIの計測にも活用することができる。つまり、脱炭素の取り組みを行うために、二酸化炭素排出量を把握・可視化することは、同時に物流全体を把握・可視化することにもつながるのだ。

これを踏まえ、日立物流に期待することとして、小野塚氏が書いてくれたのが、上図である。脱炭素の取り組みプロセスである、二酸化炭素排出量の「見える化」「削減」「オフセット」を縦軸に、サプライチェーンを横軸に取り、グリーン・ロジスティクスがめざすべき方向性について、説明している。

「日立物流には、『グリーン・ロジスティクスと言えば、日立物流』のような、確固たる地位を獲得すべく、今後も脱炭素ビジネスに対し、積極的に取り組むことを期待したいです。」

グリーン・ロジスティクスは、部分最適化である。

脱炭素がめざすべきは、全体最適化に該当する、グリーン・サプライチェーンであり、日立物流には、グリーン・サプライチェーンの領域にまで踏み込んで欲しいと、小野塚氏は期待している。

グリーン・ロジスティクス、グリーン・サプライチェーンに関するプラットフォームを創り上げることができれば、それは別のプラットフォーム・ソリューションへと展開できる。既に述べたとおり、脱炭素のための物流データは、グリーン調達や安全対策、人権配慮など、別の切り口においても有効活用することができるからである。

「私たちが最大限に気候変動を認識する最初の世代であり、これに対して何かできる最後の世代であることを、もう一度思い起こすべきです」──これは、世界気象機関(WMO)のターラス事務局長が、2018年開催の気候サミットで語った言葉である。

だがしかし、脱炭素への取り組みは、決して簡単ではない。それが、営利企業であれば、なおのことだ。だからこそ、日立物流の取り組みには価値があるのではないか。

日立物流のソリューションには、サステナブルなサプライチェーン実現の可能性が秘められている。

日立物流が、今後、脱炭素に対し、どのような取り組みを行い、どのようなサービスを提供していくのか、注目したい。

小野塚氏プロフィール

ローランド・ベルガー 小野塚征志氏の写真

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。

ロジスティクス/サプライチェーン分野を中心に、長期ビジョン、経営計画、成長戦略、新規事業開発、M&A戦略、事業再構築、構造改革、リスクマネジメントをはじめとする多様なコンサルティングサービスを展開。

内閣府「SIP スマート物流サービス 評価委員会」委員長、経済産業省「フィジカルインターネット実現会議」委員、国土交通省「2020年代の総合物流施策大綱に関する検討会」構成員、経済同友会「先進技術による経営革新委員会 物流・生産分科会」WG委員などを歴任。

近著に『サプライウェブ-次世代の商流・物流プラットフォーム』(日経BP)、『ロジスティクス4.0-物流の創造的革新』(日本経済新聞出版社)など。

著者 坂田良平 プロフィール

Pavism代表。「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、ライティングや、ITを活用した営業支援などを行っている。筋トレ、自転車、オリンピックから、人材活用、物流、DXまで、幅広いテーマで執筆活動を行っている。

連載『日本の物流現場から』(ビジネス+IT)他、LOGISTICS TODAYなど、物流メディアでの執筆多数。